ひとりで家計を背負うようになってから、 お金のことを考える時間が、なんとなく増えた。 というか、考えざるを得なくなった。
「今月いけるかな」 「来月はどうだろう」 「この先、何年もつんだろう」
そんなことを、洗濯物を干しながらふと思ったりする。
誰かと相談できるわけでもなく、 「まあなんとかなるよ」と言ってくれる人もいない。 だから、家計の判断は全部自分。 これが、じわっと怖い。
恐怖の正体は、“間違えられない”というプレッシャー
死別後の家計って、 「もし判断を間違えたら、生活が崩れるかもしれない」 というプレッシャーがずっとつきまとう。
- 投資を続けるか、やめるか
- どこまで節約するか
- 子どもの教育費をどうするか
- 老後のために何を残せるか
どれも “正解” がない。 でも、選ぶのは自分ひとり。
この「ひとりで決めるしかない」という状況が、 恐怖の根っこなんだと思う。
誰にも言えない種類の不安
死別後のお金の話って、 なぜか人に言いにくい。
「遺産があっていいね」と言われるのが怖いし、 「お金の心配してるなんて」と思われるのも嫌だし、 そもそも、説明したところで伝わらない気もする。
だから、 ひとりで抱える → 余計に怖くなる このループ。
「誰か助けて」って心の中ではいつも叫んでる。
家計簿の数字が
夫が亡くなって5年。
不安と向き合ってきた。
やっと最近気持ちを落ち着けるコツが掴めてきたところ。
以前から家計簿はつけてきたけど、コツコツ積み上がっていく数字が自分が頑張ってきた証に感じるようになった。
支出が多いときは落ち込むけれど、昨日よりも少し資産が増えていれば嬉しくなる。
「頑張ったね、私」って素直に言えるようになって、少し気が楽になってきた。


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