息子が大学生になり、ひとり暮らしを始めて10日ほど経った。
入学式、オリエンテーション、クラスメイトとの顔合わせ…。新しい生活の波に揉まれながら、毎日忙しく過ごしているようだ。
3年間、なんだかんだと世話を焼いてきた息子が家にいないのは、正直ちょっとだけ寂しい。
でも、その寂しさよりも先に来るのは、ほっとした気持ちだった。
というのも、うちの息子は一度大学生を経験している。
「やっぱり違った」と辞めて戻ってきて、そこからの再挑戦。
だから今回の旅立ちは、親としてはどこかで
「やっと行ってくれたか」
という安堵が勝ってしまう。
“空の巣症候群”とは無縁のわが家
職場には、娘さんが大学生になって家を出た途端、しおれたように元気をなくしてしまったお父さんがいる。
見ていて気の毒になるほどだ。
この時期、母親は「空の巣症候群」に陥りやすいとよく聞く。
でも、わが家はというと——
出たり入ったりを何度も繰り返してきたせいか、
巣が空になった実感すら薄い。
「また帰ってくるんじゃない?」くらいの気楽さがある。
寂しさよりも、これからの生活が動き出す予感
もちろん、息子がいなくなって家の空気が少し変わったのは感じる。
でも、その空気の隙間に入り込んでくるのは、
これから本格的に始まるであろう両親のサポートのこと。
近くに住む両親はそこそこの高齢だ。
これからは、そちらのお世話が生活の中心になっていくのだろう。
息子の巣立ちと、親の老い。
家族の流れは、いつも静かに入れ替わっていく。
そして私自身も仕事を始めた。
何かに打ち込んでいれば、心にすき間風が吹く暇もない。
今まで頑張ったんだから、そろそろ自分の時間を
息子がいなくなった家でひとり過ごしていると、ふと、誰かに背中を押されているような気がする。
「今まで十分頑張ったんだから、これからは自分の時間を楽しみなさい」
そんな声が、どこかから聞こえてくる。
寂しさはゼロじゃない。
でも、それ以上に、これからの自分の生活をゆっくり育てていく楽しみがある。
息子の新しい生活が始まったように、私の新しい生活も、静かに始まっている。

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