月末が近づくと、なんとなくそわそわする。 「あー、また請求の季節だ…」みたいな。 クレジットの明細を開く前から、ちょっと身構えてしまう。
遺族年金とパート収入だけじゃ足りないのは、もうわかりきっている。 次男の生活費もあるしね。 気づけば、夫の遺産からちょいちょい補填する生活が四年半。 通帳を見るたびに「おっと、また減ってる」と小声でつぶやいてしまう。
夫が亡くなったとき、退職金や保険金がドカンと入った。 人生で一度も見たことのない金額で、思わず「え、これ桁合ってる?」と確認したくらい。 でも、その驚きはすぐに「これでどうやって暮らしていくんだろう」に変わった。
当時の私は専業主婦で、収入はほぼゼロ。 遺族年金だけで家族三人は無理だし、 大学生の息子たちは、まあ、よくお金が飛ぶ。 ほんと、羽が生えてるんじゃないかと思うくらい。
どうにか残高を減らさずに暮らせないかと、 半ばパニックで考えていたあの頃。 遺産の半分を五年定期にして、 「この半分を溶かしたら終わりだな」と思っていたけれど、 どこかで「まあ、そんなに減らないでしょ」とも思っていた。
家計簿と資産簿をつけていると、 帳簿上はそこまで減っていないように見える。 でも実際には、動かせるお金がほとんどない。 理由は簡単で、投資信託と株を勢いよく積み立ててきたから。 運用益はプラスだけど、これは十五年は触りたくないお金。
生活費が苦しいと言いながら、 毎月けっこうな額を投資に回している。 「いや、止めればいいじゃん」と自分でも思う。 でも止めると増えない。 増えないと思うと、なんか怖い。 このループ。
「ないものはしょうがない」 そう割り切れたらいいんだけど、 入ってくるお金が少ないと、どうしても不安が顔を出す。 この歳で収入を増やすのは簡単じゃないし、 息子たちが独り立ちするまでは支出も多い。
積立を止める時期が来ているのはわかっている。 でも、なかなか踏ん切りがつかない。 人間って、意外と“やめる”のが一番むずかしい。
十五年後、資産を取り崩しながら暮らすとき、 私はどんな気持ちで通帳を開いているんだろう。 そんなことをふと思うと、 「まあ、そのとき考えるか」と、 ちょっとだけ肩の力が抜ける。


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