最近よく耳にする「タイパ」という言葉。タイムパフォーマンス、つまり時間対効果のことらしい。 どうやらセルフレジはタイパがいいらしい。
レジの人と会話をせず、キャッシュレス決済でさっと支払い完了。 レジに並ぶ時間も、小銭を財布から探す手間も省ける。 必要なことを最短で済ませられるのが、今どきの「効率的な買い物」なのだとか。
若い人たちにとっては、それが当たり前なのかもしれない。 でも、ふと立ち止まって思う。「そんなに急いで、どこへ行くの?」
セルフレジは便利だけどなんだか寂しい
先日、近所のダイソーに行ったら、レジがすっかりセルフレジに変わっていた。 自分でバーコードをピッと読み取って、支払いも自分で済ませるスタイル。 最初はちょっと戸惑ったけれど、50代のオバチャンでもなんとかクリア。 「お、私もまだまだイケるじゃん」と、ちょっとした達成感。
このお店、以前からレジに人がいないことが多くて、店員さんはいつも品出しに追われていた。 レジ前には呼び出しベルが置いてあって、お会計してほしい人が鳴らすという、ちょっとした“暗黙の了解”があった。
だから、セルフレジになって「いちいち呼ばなくていい」便利さは確かにある。 急いでいるときや、1個だけ買いたいときにはとても助かる。
でも、なんだか寂しい。
会話のある買い物が、心をあたためる
以前は、顔見知りの店員さんとちょっとした会話を交わすのが楽しみだった。 「今日の夕ご飯、何にしようかな〜」なんてつぶやくと、「今日は大根が安いですよ」と教えてくれたり。 「このお菓子、人気なんですよ」とこっそり教えてくれたり。
そんな何気ないやりとりが、ひとり暮らしの私には嬉しかったりする。 誰とも話さないまま1日が終わることもあるから、たとえ数十秒の会話でも、心がふっと軽くなる。
時間が余っている人間にとっては、時間がかかることも悪くない。 むしろ、ゆっくり過ごすことに価値を感じるようになってきた。
タイパよりも、丁寧な暮らしに憧れる
まだ50代ではあるけれど、夫を亡くしてからというもの、どこか老後のような生活をしている。 遺族年金をもらっているから、ある意味「年金生活」。 子どもたちもそろそろ巣立ちの時期で、おひとりさま生活が目前に迫っている。
時間はたっぷりある。 だからこそ、タイパよりも「丁寧な暮らし」に憧れるようになってきた。 急がず、焦らず、季節の移ろいを感じながら、日々を味わうように暮らしたい。 そんな気持ちが、最近は強くなってきた。
チャレンジする気持ちと、面倒くささの間で
もちろん、好奇心はまだある。 キャッシュレス決済も、セルフレジも、新しい技術として面白いと思うし、できるだけついていきたい気持ちもある。
でも、年齢とともに「新しいことに出会ったワクワク感」よりも、「面倒くさい」「やりたくない」という感情が先に立つことも増えてきた。
昔は、誰よりも早く新しいことに飛びついていた私が、「まあ、今度でいいか」と後回しにするようになった。 そんな自分に気づいて、ちょっとドキッとする。
「老い」って、こういう小さな変化の積み重ねなのかもしれない。
急がなくても、ちゃんと進んでる
セルフレジの前で、ピッと商品を読み取るたびに思う。 「便利だけど、やっぱりちょっと味気ないな」と。
でも、便利さを受け入れつつも、心のどこかで「人とのつながり」を求めている自分がいる。 それは、きっと悪いことじゃない。
急がなくてもいい。 ゆっくりでも、ちゃんと前に進んでいる。 そんなふうに、自分に言い聞かせながら、今日もレジに並ぶ。


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